VISION

COMPANY VISION

カンパニービジョン

カンパニービジョン

夢は、語らない。

三和建設の、100年企業についての考え方の話

私たちは100年企業を目指しています。「目指している」とは、ただ単に「夢見ている」ということではありません。私たちにとっての「100年企業」はリアルです。100年企業とは文字通り「100年間経営が続く会社」ということ。もちろん100年先の経営戦略ビジョンを、より具体的にイメージしておく立場にあることはよく理解しています。

しかし私は主義として、あえて5年以上先の具体的なビジョンは持たないようにしています。

量的にも質的にも、100年後は今よりも強い企業になっているでしょう。それだけは言い切れます。しかし、それしか言い切れない。

実際に自分の目で見ていない景色や理想について、語ろうと思えばいくらでも語れます。しかしそういった単なる夢物語が私たちにとって良い影響を及ぼすとは、私にはとても思えないのです。

100年以上経営が続く企業の共通点はいくつかあります。例えば、「明確な企業哲学や経営理念を持ち、順守する」「長期的な視点に立った経営」「伝統を継承、その一方で革新に取り組む」「社員を大切にする」「地域社会の発展に貢献する」といったところでしょうか。

私はそれに、「100%やりきることのみを共有する」を加えます。

逆説的に言えば、「立てたビジョンに対しては責任を持って100%で挑む」ということになります。

それが私の考える社会性の高さであり、「100年企業を目指す」ということ。とりもなおさず、それが前述した「今よりも強い企業となっている100年後」を指すのではないだろうか。

そう考えています。

歯車は、必要ない。

三和建設の、社員についての話

私は正直、会社の売り上げはさほど重視していません。重視しているのは、社員一人ひとりの利益。経常利益率などもさして重要なものではなく、それよりも社員一人あたりがどれくらい付加価値を生み出しているか。そこに重きを置き、経営しています。

その経営感覚の根底には何より、社員一人ひとりが自律し、また自立した“主役のような存在”であってほしい、という想いが根付いています。

三和建設の社員は、それぞれの顧客にとって“他では代わりがきかない存在=主役”であり、それぞれの主役が100人、200人と集まった企業が三和建設である。三和建設が人を集めたのではなく、集まった人が三和建設を構築している。そんなチームでありたいと思っています。

さらに言うと、例えばあるビジネスモデルを確立し、どういう人間が社員であっても儲かる仕組みをとりいれたい、とは思いません。良い意味で、社員一人ひとりに依存する会社でありたいのです。

ビジネスモデルを確立するのは企業としてとても大切なことですが、それと社員一人ひとりに対する依存度の話は別。そのどちらも大切であり、両輪で意識し続けるべきことなのです。

三和建設が理想とするビジネスモデル。それは言ってみればいわゆる表層的な、どんなメンバーでも参画できるようなビジネスモデルではなく、「その人があって、始めて成立する。稼働する」というビジネスモデル。

逆説的に言えば、「達成できる目標に対しては責任を持って100%で挑む」ということになります。

そこを目指す気持ちは過去も、今も、そして100年後も変わらないでしょう。


列には、並ばない。

三和建設の、社会とのつながりの話

例えば長蛇の列をなす店、といったものに私はあまり良い印象を持っていません。お客さまを長く待たせること自体をブランディングの一環としている、といった考えの企業に対しても同様です。たとえそれが商売的・経営的における成功であったとしても、三和建設でそれはしたくありません。

社員一人ひとりが主役として必要とされながらも、お客さまを1秒たりとも並ばせないため陰日向に動く。

これが私の思う社会性の高さであり、責任です。そしてまた、建設に携わる者としてのあるべき姿だと考えます。この「社会への責任に対する考え方」に共感していただけるお客さまは、恐らく三和建設のファンになってくださるのではないでしょうか。

また、行列の話と少し似ていますが、私は三和建設が関わった建物に対して、「これは私たちの作品である」「100年先も遺るアートである」といったセンチメンタルな気持ちは一切ありません。意識を置くべきは長期的な機能維持、または性能保証。そしてこれらのレベルの底上げであるはず。これもまた建築業を営む者としての社会性です。

「価値のない」ことをあたかも「価値がある」ように振る舞うのではなく、曖昧さのない「意味・意義・価値のあるもの」で商売をしていくこと。

社会性とはつまり、社会との共存共栄。「三方善し」こそが、三和建設の社会的意義です。

未来は、遠くない。

三和建設の、未来予想図の話

昨今、自動化や情報化技術などの進歩によって、製造業では生産現場の省力化が進んでいます。

しかしながら、建設現場においては依然として従来からの生産方法が主流を占めており、抜本的な機械化・自動化・省人化は進んでいません。それはなぜか。わが国における建設業には、ものづくり業とサービス業の両面性があるからです。一般に製造業に比べてサービス業の分野では機械化・自動化が困難であると言われています。

今後、IoTや人工知能(AI)の発達などによって建設現場における生産プロセスも大きく変化していくことでしょう。しかしながら、建設業におけるサービス業としての側面、それも単なる物理的な作業ではない「頭脳」や「こころ」を使う仕事の役割は決してゼロにはならないと確信しています。わが国における建設業の仕事のあり方は、契約通りか否か、図面通りか否か、利益か損失か、勝ちか負けか、といった欧米のビジネスとは違う価値観に基づいており、この独自の価値観をお客さまと共有する仕事は「ひと」でしかできません。

すなわち、建設業において技術革新が進めば進むほど、ますますかかわる人に「人間力」が求められる時代になるのです。

人間の知恵やこころを駆使しなければどうにもできない業務領域、言い換えれば、「ホスピタリティ」や「コンサルティング」の価値が浮き彫りとなったと言えます。

「機械のように働くだけ」の人は、「機械に仕事を奪われる」のです。

これからの建設業の未来に求められるのは、生産力よりも「人間の価値」。「手足」としてではなく、「頭脳」として働けるひとです。

さらに、頭脳となり得る人間に求められるのもの。それは豊富な「知識」に加え、それを活用することのできる「知性」、本質を求め、見出す「追求力」、つまり「人間力」ということになります。

私たちには70年の歴史があるので、100年企業ということは、わずか30年後の話です。今の新入社員が50代になっているくらいの未来。100年先、ではないのです。

そう遠くない未来、三和建設の社員がどれほどの人間力を身につけているか。それはダイレクトに、建設業界に置ける位置づけとなるでしょう。

だからこそ社会と共存共栄し、一人ひとりに依存する、という価値観が大切なのです。