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HISTORY

沿革

沿革


昭和20年代

昭和22年 5月 森本多三郎(当時、株式会社鹿島組常務取締役)が三和木材工業株式会社を創立。資本金15万円。
昭和23年 3月 本店を大阪市東淀川区加島町431番地に移転。
社員会「さつき会」を結成。
10月16日 社名を「三和建設工業株式会社」に変更。
社員より社章の図案を募集し、三和の頭文字のS、建設の建の図案化、工業の工の図案化をあわせ社章を決定。
昭和24年 3月 資本金を50万円に増資。
京都市右京区宇多野馬場町に京都営業所を開設。
昭和25年 後の三和建設常務岡本定一の橋渡しによって得意先「寿屋(現サントリー)」との取引を開始。
新卒建築技術者の採用開始。
昭和26年 7月 資本金を100万円に増資。
昭和28年 3月 資本金を300万円に増資。
昭和29年 4月5日 総合建設請負業として「三和建設株式会社」に社名を変更。
8月 東京駐在所を設置。(現場事務所に併設)

昭和30年代

昭和30年 11月 資本金423万円に増資。
昭和31年 2月 東京仮営業所を開設。
2月 京都営業所を新築。
2月 資本金を573万円に増資。
9月 八幡溶接棒株式会社福知山工場で、新鋼材軽量形鋼を使った日本最初の工場を施工。
昭和32年 4月 全国初の軽量鉄骨造事務所が完成。
11月 資本金を1,200万円に増資。
昭和34年 寿屋・山崎工場の製麦工場新築工事が「昭和34年度 日本建築学会賞」を受賞。
10月 関東での鉄骨自社製作を主目的として、埼玉県川口市に川口工作所を開設。
10月 正式に東京営業所を開設。
昭和35年 3月 資本金を2,000万円に増資。
5月 東京営業所を移転。
12月 鉄工部を独立させて株式会社加島鉄工所を設立。
昭和38年 2月 資本金を3,000万円に増資。
7月1日 東京営業所を支店に昇格。
昭和39年 4月 資本金を4,000万円に増資。

昭和40年代

昭和40年 3月 資本金を5,000万円に増資。
昭和42年 5月 合理的なラック式の研究開発を日本ファイリングと実施し、「日本ファイリングスカイラックシステム」として完成。
昭和44年 4月 資本金を7,500万円に増資。
昭和45年 1月 新社屋完成。
7月 竹下文武が2代目社長に就任。
昭和46年 2月 京都営業所一時閉鎖。
海外研修旅行制度を導入。
昭和47年 3月 資本金を1億円に増資。
4月 京都営業所を再開。
昭和48年 11月 京都営業所を出張所に、ついで閉鎖。

昭和50年代

昭和52年 11月22日 森本晴夫が3代目社長に就任。
昭和54年 6月 京都出張所を再開。
昭和57年 10月 京都出張所を営業所に昇格。
昭和59年 1月 毎月第2火曜日1日を営業デーにあてる「一日営業デー」を発足。
12月 京都営業所を京都支店に。初代支店長には重村卓が就任。

昭和60年代~平成

昭和62年 5月 創立40周年記念式典を本社で開催。
全天候型現場仮設屋根 ハレルヤボーイも考案、特許を取得。
平成4年 創立45周年記念式典を台湾にて開催。
平成9年 創立50周年記念式典をオーストラリアにて開催。

平成10年代

平成11年 12月 ISO9001を取得。
平成13年 8月 分譲マンション施工に着手。
平成16年 4月 ロゴマークおよびコーポレートカラーの変更。
平成16年 4月 本社移転。
平成17年 4月 ルネス工法の特許使用権を獲得。
平成19年 5月 創立60周年記念式典を香港にて執り行う。

平成20年代

平成20年 10月 4代目社長に森本尚孝が就任。
平成21年 5月 自社企画ブランド-"エスアイ200"が、国土交通省による平成21年度長期優良住宅先導的モデル事業として採択を受ける。
平成23年 4月 東京都目黒区に資産経営のアンテナショップとして「三和目黒オフィス(SMO)」を開設。
平成24年 4月 賃貸管理・仲介・土地活用提案体制強化のため長尾管理株式会社をグループに。
平成24年 10月 高品質な食品工場づくりのためのFACTAS FOODSをはじめとするトータルブランドFACTASを立ち上げ全国の食品会社にアプローチを開始。
平成25年 「食品企業経営者向けセミナー」を無料開催。
4月 開設50周年を迎えた東京支店を、首都圏地区の営業(及び設計・施工)を従来以上に強化のため東京本店に昇格。
大阪本店・東京本店の二本店制に移行。
平成28年 4月 京都支店を移転。
平成28年 8月 東京本店を移転。

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