クレセント

窓サッシが開かないようにロックするため、サッシの中段くらいについてる回転式の金具を
「クレセント」
という。

ある日の夕方18時すぎのこと。私の携帯に同じマンションのAさんという人(まったく聞いたことのない人)から電話がかかってきた。
「いま奥さんがベランダに締め出されていて、お子さんが中にいるようです。ガスでお湯を沸かしているようで音が鳴っています。緊急事態なのでガラスを割ってもいいですか?」
と。

いまいち状況が飲み込めなかったが、
「どうぞ割ってください。よろしくお願いします。」
とだけ返答したら電話が切れた。
私の子供は1歳11ヶ月の男の子。どうやら家内が洗濯物を取り入れるとかでベランダに出ていたら子供に鍵を閉められたのだろうとの想像はついたが、なぜ同じマンションの人が私の携帯番号を知っていたのだろうとか
「ガスを沸かしていて音が鳴っている」
とは警報機なのだろうかなど疑問が残った。

帰宅して家内に詳しく事情を聞いてみると以下の通り。
洗濯物を取り入れようと思ってベランダに出たら、一瞬の隙をつかれてUくん(私の子供)に鍵を閉められてしまった。外から鍵を開けるように必死に話しかけていたが、何分相手は2歳にもならない子供。ヘラヘラと笑っているだけで、なぜママが外にいて何を必死で訴えているかもわからない。

そのうち「ピーッ」と音が鳴り出した。ヤカンでお湯を沸かしていたのだ。1歳11ヶ月といっても背伸びをすればヤカンにも手が届く。音につられて台所に行けば大火傷にも。。
私の家内は必死で叫んだ。
「Uくん!そっちに行ってはダメ!!Uくん!Uくん!こっちに来て!!」
そんなママの様子がたまらなくおもしろいらしく、Uくんはガラスに顔をへばりつけてきゃっきゃとはしゃいでいる。マンションの私の部屋は2階でちょうどエントランスの直上にある。この大声を聞きつけた人が、何事かと集まってきた。そのうちの親切な奥様が私の携帯を家内から聞いてかけてくれたのが事の真相だった。

近所のガラス屋さんを手配してくれたが、家内はいまだ必死にUくんを説得。それが30分ぐらい続いたとき、突然室内から知らない男性が・・・家内はパニックになった。結局は同じくエントランスで騒ぎを聞きつけた男の人が廊下の格子をはずしてたまたま開いていた窓から入り、子供を助けてくれたのだ。室内はサウナのように熱気がムンムンになっており、Uくんは九死に一生を得たのである。そのような感動的な救出劇が私の不在中に繰り広げらていたのだ。

ここで本題に入るが、私のマンションの建具のクレセント(鍵)は、レバーを上から下に下ろすと閉まる。よって私の子供のように背伸びをしてレバーに手が届き、かつ物事がまだ分からない場合、鍵を閉めることはできても決して開けることはできない。
ここで最近のクレセントの向きを調べてみると、どうやら下から上に上げると閉まるタイプ(私のマンションとは逆)が主流のようである。もしかしてマンション締め出し事件防止のためにクレセントの向きは変わったのだろうか?

クレセント.jpg

そこでメーカーさんに聞いてみたが、理由はそれほど明確ではない。しかし、どうやら技術的な理由が主のようだ。ちょっぴり残念だった。でも気づいたことがひとつ。建築の設計というのは、レバーの向きひとつをとってもいろんなことを考えて決めなければならないのではないか。初心を思い出させてくれる出来事だった。

谷 直人

  • 2009年7月 3日